この 1か月間、野生のオットセイは今、どこにいますか?と、千葉以北で、北海道以南の太平洋側の水族館、関係各所の機関に電話で聞いて回った。
その結果、4月から、5月までは宮城県金華山沖にいることが判明。実際、問い合わせた数日前、仙台湾でイカナゴ漁の漁師が目撃したとのこと。
今から振り返ると、3月 8日保護した時には、かなり衰弱していた。
「波消しブロックに挟まっている」という一報を受けて、現場に向かうと、正確には「波消しブロックにもたれ掛るようにして、その陰にうずくまっていた」という状態であった。
水族館で保護した翌日より、魚を 1.0kg食べ始めた。
その数日後から 0.1kgずつ増量し、最終的には 2.4kgで飽食状態となり、それ以上では魚を残すことも。
その間、体重は 7.0kgから、11.5kgまで増え、見た目にも丸々と回復した。
保護 28日目、オットセイを車に乗せて、ひたすら北を目指した。
およそ 8時間の小旅行の後、松島水族館に無事到着。プールをお借りして、一夜休ませた。
桜が散り始めた江の島、まだ蕾の松島、と季節は保護した頃に。
翌朝 6時、リアス式海岸の島影から、きらめく朝日に照らされ、水族館を後にした。
車を走らせること 1時間半、最終目的地の港に到着。
7時 57分、いよいよ出港だ。
海況はなぎ、天候は快晴。これ以上ない、放獣日和。
沖に出るにつれて、うねりが出始め、船が左右に揺れる。左前方、春霞の山並みの向こう側に、金華山があるそうだ。
出港およそ 1時間、船のトラブルがあり、その場で代わりの船を待つことに。
さらに、うねりが大きくなり、揺れも大きくなる。大海原を飛び交う、海鳥の数、種類の多さに改めて、気付く。
やがて、その船よりも一回り小型の船が横付けされ、オットセイを入れたケージを大事に抱えて、一同も乗り移る。
選手交代とばかりに、新しい船は快調にとばし、我々はオットセイの群れ探しを始める。
やがて、右前方に黒い物体を発見した。
近付いてみると、球体の浮きのようであった。
一同沈黙。
それからどれくらい走った後であろうか、我々のやや左前方に、3、4頭のオットセイがついに姿を現した。
水面で漂い、毛繕いをしていた。
こちらは、驚かさないようにスピードを落として、ゆっくりと進む。
ついに、その時がやってきた。
ケージを開けて傾けて出すか、捕まえて放すか?
一瞬考えた。
江の島に収容した際には、前者を選択したが、しばらくオットセイは出なかった。
その群れがいなくならないうちにとばかりに、気付いたら、元気に回復したオットセイを捕まえていた。
1m弱の高さから、水面に落とすようにして放す。
人懐こかった、そのオットセイに何も期待していたわけではない。
例えば、その後で、別れを惜しむかのように、船を一周してほしいとか、右前脚をヒラヒラさせて、こちらに挨拶をしてほしいとか。
期待することは一つ、群れに合流してほしいこと。
すると、どうだろうか、そのオットセイ?我々の方に尻を向けて大量の便を排泄し、その勢いを利用するかのようにして、群れとはほぼ真反対の方向へと泳ぎ始めた。
その時、一人が何でやねん!と呟いたような気がした。
4月 5日 10時 10分、北緯 38度 8分、東経 141度 22分。
波のまにまにそのオットセイは姿を消した。